ほっといてください、本当の母上でないくせに

言ってからまずいと思ったが、言ってしまった言葉はもうもとには戻らなかった
取り返しのつかないことをしてしまった

清正の馬鹿は口を開けたまま息が止まったような顔で硬直しているし、正則の馬鹿は半べそをかきはじめてしまった
たまたまそれを耳にした秀吉様に馬鹿者と初めて、本気の張り手を貰った
視界が揺らいで左頬が熱かった

しかしそんなことはどうでもよくて、いつもなら喧嘩両成敗ならぬ喧嘩皆成敗で脳天に重たい拳骨を落とすねねがこの時だけは
おまえさま暴力は止してよ、許してやってよ
と怒る秀吉から必死で庇ってくれたことに三成は泣きそうになり
同時に思った

本当は、泣きたいのはおねねさまのほうだ

本当の母親以上の愛情を注いでくれるおねねさまにはいくら感謝してもし尽くせない
子飼いたちはそう思っていた
無論、三成も例外ではなかった

いつもの喧嘩、いつもの仲裁、いつもの制裁でいつもどおり喧嘩も収まるはずだった
しかし些細なことを清正と正則に責められ頭に血が上りふと、一瞬頭を過ったそれが抑止もきかず口をついて出てしまった
わかってはいた、絶対に言ってはならない言葉だった

泣きたいのはおねねさまのほう、なのに笑って
ちょっと怒ってただけだもんね、三成はやさしい子だもんね、そんなこと、言わないよね
と、強く抱きしめて、それ以上なにも言わずにいいようにしてくれた から 黙って、三成はそれに甘えてしまった

自分がいちばん馬鹿だった



あの頃から心配ばっかりかけてきた、そんな三人ももう子どもではない、今は



今も、変わっていなかった

清正と正則とは相対する場所に三成は陣を敷いていた
なんで、こうなってしまうんだろうな 三成は奥歯を噛み締めた

きっとおねねさまは心配しているだろう、否、怒っているかな、呆れているかな なにせ命がけの兄弟喧嘩だ
馬鹿は馬鹿のまま大人になってしまった

結局、甘えて、あの時言えなかったごめんなさいは言えないままでいる 言えず終いになるかもしれない
いつまでたっても親不孝者だった

そうだな、ごめんなさいは、また会えた時に と、三成はその言葉をのみこみ采配をふった





初めて、兄弟喧嘩の勝ち負けがついた

ほらみろ! 清正と正則は拳を掲げた

それからしばらくして二人は、顔を見せてほしいとねねに呼ばれた





ふたりとも、無事だったんだね

また怒られると思っていた、清正と正則はぎょっとした
よかった、ほんとうによかったよ そう言いながら笑うねねは泣いていた

もう、喧嘩はよしてね?

もう二度と、この人を悲しませるようなことはしないと思った





その場所に、三成だけが いなかった